「浅田 舞のスポ友!」での浅田真央選手その2


YOMIURI ONLINE 中部発
浅田 舞のスポ友! 1月17日付け記事より
「金 部屋の真ん中に」
フィギュアスケート女子 浅田真央さん その3
年末の全日本選手権で4連覇を達成、バンクーバー五輪出場を決めた2日後。会場の大阪から名古屋に戻ったばかりの真央(19)(中京大)に話を聞きました。ふだん睡眠時間を8時間取っていますが、その2日間は忙しく、3時間ずつ眠っただけ。あくびが何度もこぼれましたが、表情は晴れ晴れとしていました。
――真央の演技は生で見られない。2年前に世界選手権を見に行ったけど、心臓バクバクだった。
真央 マッキー(牧野講平トレーナー)も全日本は手が震えてた。
――全日本の中継が生放送じゃなくて良かった。周りの人も見てるだけで「疲れた」って。
真央 私は、もう終わっちゃったのかって感じだった。体力も心配ない。
――アドレナリンが出てたんだよ。演技直後の表情に、その時の気持ちが正直に出るけど、全日本の時は落ち着いてた。
真央 練習がうまくいっていたから、落ち着いて終われた。応援をパワーに変えることができたと思う。
――フリーの「鐘」は、見る側が演技に見入っちゃう曲だよね。
真央 視線がパワーになる。声援が聞こえると、「よし」って思う。祈るように見てくれる人もいれば、「頑張れ」って言ってくれる人もいて、うれしい。
――大阪では毎晩、焼き肉に行って、もたれなかった?
真央 大好きだもん。でも食べ過ぎてないよ。帰りの車の中で食べたタコ焼きも、だしが生地にからまって、おいしかった。
――ふだんはオフにどこへ行くとか、そんな話ばかりだよね。
真央 グルメとか、買い物とか。週に一度のオフは、朝から一緒においしいものを食べに行ったり。洋服を買う時は、お店で何回も試着したり
――5種類くらい取ってくる。
真央 いいじゃん、それくらい。
――真央は家とリンクを往復するだけだから、もっと外に出してあげたいけど、それはもう少し先だね。それで、オリンピックで金メダルが取れたらどうする。
真央 部屋の真ん中に飾りたい。
――夜中に(愛犬の)エアロがほえる方角に飾ろうか。
真央 その方角にきっと何かいるよ。
――勝利の女神かも。楽しみだね。
浅田真央(あさだ・まお) 1990年、名古屋市生まれ。2005年のグランプリファイナルで優勝し、世界の頂点に立ったが、翌年のトリノ五輪は国際スケート連盟が定める年齢制限に約3か月足りず、出場資格を得られなかった。2008年の世界選手権優勝。
五輪まで一緒に歩きたい
ついに来ました。五輪イヤー。この4年間は周囲をハラハラ、ドキドキさせ、真央には多くのドラマがありました。
成績が悪かった時も、後ろ向きな話はしませんでした。「全日本まで時間あるね」とか、おいしいものの話とか。冬の寒さが近づくオフの日に、名古屋の栄に出かけ、「寒いー」と言いながら一緒にかき氷を食べたりもしました。
真央は試合の後、いちばんに電話をくれます。離れていても気にかけてくれているのだと思います。「一緒にいると、スケートのことばかり考えている頭が柔らかくなる」と言ってくれます。五輪まで約1か月。真央がその過程を楽しめるように、一緒に歩いていきたいと思います。真央なら必ず金メダルを持って来てくれる――私はそう信じています。
浅田舞さん 1988年、名古屋市生まれ。21歳。中京大学3年。7歳で妹の真央選手とスケートを始め、国内外の大会で活躍している。
真央選手は本当に姉妹運に恵まれている気がします。
舞さんがいなかったらフィギュアスケートにもめぐり逢っていなかったでしょうし…。
バンクーバー入りが2月19日か20日の予定で時差の調整がどうなるか少し心配なところですが、きっと納得いくまで日本で調整に集中したいのでしょう。
最初からアウェイでジャッジも地の利が働くことはわかっています…しかし自信を持って試合に臨んで欲しいと思います。
最近「浅田真央、○歳」シリーズを全巻揃えたので暇があったら「真央のあの試合の時の心境はそうだったんだ」とページをめくりながら思い返してみたり、Youtubeで「浅田真央 mao asada 総集編」を見つけてダウンロードしたりとますます彼女の魅力にハマっています。
マ○タと言う言葉は好きではありませんが、完全にマ○タです(笑)



